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今年買ってよかったもの(2016年)

お題その2「今年、買ってよかった物」

都落ちして8年が過ぎようとしていて、ぼくの消費の速度、消費ヴェロシティとでもいうべきものが、ガクンと音を立てて落下している。消費が生を充溢させるのではない。生の充溢の指標として、消費が機能するのだ。しかし、Spotifyに代表されると思うのだが、基本的には支出なしでほとんどのことを済ませられてしまう、という雰囲気に、急速に包まれてきている。むろん、Spotifyで音楽を聴いても、それは消費なのだが、ここではモノとして手元になにがしかが残る、というきわめてアナログな感受性について消費という言葉を使う。

明日のこと、未来のことなど考えても意味がない、生の「いま、ここ」が充溢し、みなぎっているのでなければ意味がない。「みなぎり」をありありと知覚するのだが、目には見えない。「みなぎった」というしるしとして、モノを残すのだ。ところが、モノなしで済ます生活が続くと、何も残っていない。あたかも自分の生が充溢していないかのような、倒錯した錯視現象が起きる。

などと書いていたら飽きてきたので、できるだけ「10選」になるようにまとめる。

最果タヒ『グッドモーニング』

はじめて最果タヒを読んだときの「わからなさ」にともなう感情は、ぼくにとっては、「悔しさ」だった。一読して、語彙の上でも統辞構造の上でもきわめて馴致された言語使用が行われている、かのように見える。異常なまでに可読性が高い。ベタな言い方をするなら、若い女の子のブログの文章みたいだ、というのが第一印象で、これが詩として多数の読者を得ている、という現実に、自分のマインドがついていけなかった。悔しかった。子どもが、重厚な文学作品に対峙したときみたいに、「わからない自分」が嫌になった。詩に対して「わかる/わからない」みたいな粗雑な言葉を使うことには極めて慎重であるべきだが、端的に「わからない」と愕然とした。

この「わからなさ」は、それほど多くない時間が解決した。すぐに、過剰に可読性が高められた見せかけが、連辞の凶暴なゆらぎの隠れ蓑になっていることに気づく。

ところでこの「過剰な可読性」は、第一詩集の『グッドモーニング』でははじめから放棄されている。したがって、詩としては、彼女の作品としてもっとも読みやすい(非常に逆説的なことを言っているが)。簡単に言えば、「現代詩っぽい」見た目をしている。記号の多用、改行の唐突なリズム、反復、閉じられない多重の括弧。とはいえ、そうした見た目のもたらす安心感に気を抜いていると、とたんに精神をえぐられる。注意して、繰り返し読まなければならない。

(↓このぐらい、「ああ、現代詩ですね」という感じで、読みやすい)

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マット・ピアソン『[普及版]ジェネラティブ・アート』

いまさらかもしれないが、Processingにハマった。ジェネラティブアートがこれまでのアートにとってかわる世界が来る、などとはまるで思わないが、ジェネラティブアート以降、ということを意識しない世界もまた、ありえないだろう。

牛尾憲輔『a shape of light(映画「聲の形」サウンドトラック)』

今年の消費動向で特異的だったのは、映画の動員数だ。作品があれば、人は映画館に行く。とはいえ「この世界の片隅に」だけは、この文章を書いている時点で、まだぼくの地元に来ていない。というか、「シン・ゴジラ」「君の名は。」「聲の形」「この世界の片隅に」という爆発的驚異的ヒット作のうち、後の2作品は、高速道路を車で飛ばさないと見れない。

それはともかく、今年のチャンピオンは「聲の形」だ。そしてagraphこと牛尾くんが、今年のチャンピオンだ。映画のパンフレットで山田監督とイチャイチャしやがって。末永くお幸せに。

石野卓球『LUNATIQUE』

官能性をテーマにつくられたというフルアルバム。すこしメランコリックなモードで、跳ねた音色のコードが、跳ねたリズムで飛び回る。ようするにイビザ感にあふれている。Sueno Latinoによって天空に放り投げられたあなたなら、あるいはE2-E4によってカーペットの粘土の沼に沈みこんでいったあなたなら、ぶっ飛べること確実な佳作。

上坂すみれ『恋する図形(Cubic Futurismo)』

作詞者自身による、渾身の連ツイ解説を参照のこと。

ユリイカ臨時増刊号 ダダ・シュルレアリスムの21世紀』

ダダ100周年、アンドレ・ブルトン生誕120年/没後50年、ということで、本来ならダダの再評価で盛り上がってもよさそうなものだったが、案の定、この国ではダダは過小評価されている。この臨時増刊号も、特集名とはうらはらに、ほぼシュルレアリスムに紙面が割かれている(と感じるのは、判官贔屓によるものかもしれない)。

北山研二「デュシャンとダダ」だけでも読むべきだ。デュシャンがいなかったら、20世紀なんて存在しなかったも同然だ。分かりきったことではないか。馬鹿馬鹿しい。

LogicoolのキーボードK750R

アイソレーションタイプのキーボードで、打鍵感がすばらしい。ソーラーバッテリーで、USB無線で、ちょっともう、これなしではモノを書くことが考えられない。

ブレット・コントレラス『自重筋力トレーニングアナトミー』

去年末から筋トレを続けていて、もちろんウェイトトレーニングを中心にやっているのだけど、ワークアウトの締めに、体幹をオールアウトにもっていくには、やはり自重トレーニングは重要だ。これ一冊あれば、レパートリーに困ることはない。ジムに行っていないときにも、体幹だけは(へばりやすく、回復しやすいので)絶えずいじめる癖をつけておくべきだ。

岡田隆・石井直方『ウェイトトレーニングビッグスリー再入門』

きわめて基本的なビッグスリーの入門書。熟練者にはものたりないようだけれど(Amazonレビューを見るに)、まったくの初心者としては、DVDで細かく理論的に教えてくれる本書がありがたかった。

BlutoothのイヤホンQY8

ジムではずっとこれを使っていた。まあ、これじゃなくても、ブルートゥースイヤホンならなんでもいいとは思うけど。TUT(Time Under Tension)の自作タイマー音源、TABATAタイマー、あとたまにエアロをやるので、ニーナ・クラヴィッツのDJなどを聴いていた。

『MONKEY Vol.9』

「短編小説のつくり方」という特集だけれど、ハウツーものではない。たくさん短編が載っている。グレイス・ペイリーの未訳だった短編が、翻訳されているので、それだけでも買いでは。

村上春樹『女のいない男たち』

今年は小説が不作、というわけでもないけれど、去年買った本ばかり読んでいた(一番読んだのは長田弘の『長田弘全詩集』だった)。

村上春樹のこれも、文庫化するのを待っていた、というわけでもなく、まだ読んでいないなあ、と思っていたら、文庫化されてしまった、という感じ。一読、微妙な感じがしたのだが、数年後には名作になっているような雰囲気をもっている。変な褒め方だけど。一読微妙なんだよ。あれえ、っていう。でも、ここ数年の春樹って、だいたいそんな感じではなかったかな。BOOK4は出ないんですかね。来年2月に長編が出るみたいだけど。

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