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「プネウマ/ネウマ」短歌研究新人賞2019年応募作品

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プネウマ/ネウマ   斎藤秀雄

いくつものボールの弾む音だけをこころのようになにもない部屋

肉の血を吹きあげながらおおいなるものへと脱皮する朝の野火

ムスカリのひとつひとつの鈴の音の跳ね返される刑場の壁

真夜中の無音を裂いて硝煙のにおいを残す燕の空は

ひどく長い地下道を出る乳色にゆるくかたちを帯びてゆく街

花筏はがねの柵にとどまればしののめあばくその鋼色

陽のなかを銀の一輪車の子らがよぎる小手毬ぼうと明るむ

はつなつの街に見馴れぬ少女らがけっして恋をしない少女ら

暴動の気配籠もらせ東京のあらゆる水に群れつどう鳩

子らは街を去るたくらみをあじさいは暗がりという歓待をつねに

瞑るときあなたの触れる背中からわたしへ入るじかんの背骨

くれないに満ちるトマトをふたつ買う海のきおくと雪のきおくと

背中からわたしの声がひまわりの顔のすべてをおおう熊蜂

湾岸をあしおと四つくるぶしに纏わるものが七月の糸

いきいきと少年は息 噴水の弧へいきいきと母音発声

あたらしい銀白色の洗面器水をみるその奥にも水が

ラビオリの生地をたたむと生活に深すぎて手の届かない河

桃の実と桃の皮とのあわいにはあなたがこぼす憂い籠もりて

秋風にからだを占拠されそうな夜を蓋するように這い出る

曼珠沙華そしてどこかで鶴が死ぬひとりで背負う空の高さを

めつぼうとこころに言えばいっせいに樫を剝がれる八十八羽

てのひらにふたつの胡桃ころがして遠くきこえる幹の振動

ことばから逃げる針路のかたわらに檸檬畑へ降りる階段

釣りをする猫の置物こがらしのどこかで会った感じの奥に

嘲笑に耳をふさいでふり向くと孔雀のかこむ孔雀の火葬

昧爽に焚火をすればわらわらと湧いてくるなり死者も生者も

足もとを水の流れる音がして陶磁器くずの山の薄雪

薄く雪がひとつの町をくるむとき一羽の影がさわる子午線

蝶また蝶また蝶沖へ出て氷る砕けてもまだ銀の鱗粉

うつむくと圧し潰す音見あげると街にかぶさる薄膜の藍