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ネットプリント毎月歌壇に短歌が掲載されました(2016年11月号)

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先月は谷川電話さんにとっていただいたのだけど、今月号では石井僚一さんにとっていただいた。

  • 淋しいとラジオが沈む海があり胎内が星くずで満開 斎藤秀雄

「ネットプリント毎月歌壇」の今年度の選者は石井僚一さんと谷川電話さん。

11月号は11月20日発行で、全国のコンビニで一週間限定でプリントアウトできます。

先月も書いたのだけど、「ネットプリント毎月歌壇」は選評が素晴らしく、「選評芸」と呼んでも過言ではない、エンターテイメント性を備えていると思う。短歌なんて知らないよ、という人でも、読んで面白いだろうと思う。

先月、谷川電話さんにとっていただいた歌は、

  • 無調整豆乳といふ破裂せる乳房のごときもののうたかた 斎藤秀雄

というもので、谷川さんは《かっこいいぜ》と評してくださった。また、《語り手の内面をほとんど読み取ることができない》ところが《好きな理由》とも言っていた。今月の「淋しいと」の歌に比べると、先月の「無調整」は、「内面」が、ちゃんと言えば「思考」が、希薄というか、別に隠しているわけではなくて、なんというか、「欲望」がダダ漏れなところがあって、かっこつけていうと「自分の欲望を何かに託すのではなくて、そのまんま写生した」というところがある。だから、《感情や思考》が表現されるわけはなくて(欲望には感情が伴うことがあるけれど、欲望自体は感情そのものではない)、《わかりにくい》ものであるのは、しょうがないと思う。でも自分の欲望そのものの写生だから、自分にとって大切な歌になっていて、「無調整」の歌を投稿するのは、勇気がいった。自分では「なんでかわかんないけど、めちゃくちゃ良い」と思う歌なので。だから、谷川さんにとっていただいて、非常に嬉しかった。

今月の僕の歌:

  • 淋しいとラジオが沈む海があり胎内が星くずで満開 斎藤秀雄

について、石井さんは《…内側から発光するような印象を受ける。沈んでしまったとしても生命は輝き続ける。この歌の声はそういう肯定的なメッセージを光とともに発している》と評してくださった。この評も、嬉しい。「無調整」の歌に比べると、分かりやす……くはないんだけど、それでも僕の感情とか思考とか、そういうものに「沿って」いると思う。「欲望の写生」ではなくて、心の中を流れていく思考/感情の経路に従ってイマージュを接続していっている、そういう歌ではないかなあ。

「淋しい」という感情語を書けたのは、最果タヒさんのおかげだと思う。最果さんの詩に「さみしい」ということばが出てきたからといって、書いている人に「さみしい」という感情が伴っているわけではなくて、それは最果さんのブログとかインタビューとかを読んでもらえれば分かると思うけれど、感情語って、「愛」とかと同じで、抽象的じゃないですか。で、僕の場合は、こういうエクスキューズ(「最果タヒだって書いているんだから、書いていいじゃないか」みたいな)を入れないと、まだ、たぶん書けないのではないかなあ、と思っている。

この歌の最後、《星くずで満開》は、もともとは、たぶん《星くずでいっぱい》と書いたんじゃなかったかな。記憶が曖昧だけど。《いっぱい》だと陳腐だから、《満開》にしよう、と書き直したような気がする。《この歌の声はそういう肯定的なメッセージを光とともに発している》という評は、この歌を僕が書いたときに考えていたことよりも、もっと正確に、僕の考えていた(感じていた)ことを表現していると思う。